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風水研修

風水が現在に至るまで

どの様な歴史を辿って、現在の様なスタイルになったのか
興味が、ありまあせんか?

風水の歴史

風水史

6,000年の歴史

風水、6,000年の歴史です(一般的には4,500年)。鑑定には全く意味が無いと思われるかもしれませんが、風水には流派があります。その簡略ではありますが、ご覧頂けると私が採用している玄空飛星派の理由がご理解頂けるのではないかと思います。会社にも派閥がある様に、風水にも派閥があり、その中でお互いの流派を切磋琢磨しあっているのです。

流派と真実

風水の歴史の中で、間違った教えを広めた時代が実際にありました。下欄をご覧頂けるとお分かり頂けますが。現在はその原本が無い為、どの流派がそれにあたるかは現在も判明しておりませんが、風水師の中で一つの噂が出ております。ですが、これは学術的な根拠が無い為、100%ではありません。しかし風水は統計学であり、その統計を元に新たな見解を出していく事がこの学問のあり方です。その為、実践家の方々が歴史的事実を考慮して、その様な噂が出ていると考えられ、私は現在の考えに至りました。

  • 玄空飛星派の採用です。

日本ではおそらく聞き慣れない流派ですので、このサイトでも少し説明をさせて頂いております。偽物風水の歴史と真実はいまだ解明されていませんが、いつの日か解明される日を待ち望んでおります。皆さんはどのように思われるでしょうか。

紀元前4,500年頃

八卦の誕生

伏羲と呼ばれる中国神話の偉大なる人物の一人で、「先天図」を考案した人です。易占いの基礎となる八卦の誕生でもあり、風水の基本となる考えを創造した出来ごとの始まりです。

紀元前4,000年頃

風水の歴史の始まり

紀元前4,000年前に作られた墓の中に、左に青龍・右に白虎の印が隠されており、その頃から膨大な情報を元とした統計学である事がまず確認できます。

紀元前2,700年頃

方位磁石の誕生

黄帝(中国神話に出てくる、天帝)が、戦争で勝つ為に九天玄から方位磁石の作り方を教わり、戦争に勝利する。有名な中国医学の古典である『黄帝内経』を書す。

紀元前300年頃

風水の形

秦の丞相であった「樗里子」が、風水師の参考書とも言える『靑烏經』を書し、風水の基盤となる考えをまとめる。ちなみ彼は、軍師的な存在でもあり、様々な戦争において勝利をもたらした人物でもありました。

紀元300年頃

風水の原型

郭璞が、有名な陰宅風水の実践向けの書である「葬経」を示す。風水と呼ばれる原因の誕生です。この頃より、中国貴族の間で、風水が流行し始めます。

紀元700年頃

風水の発展

偉大な風水師が誕生します。『邱延翰』です。この方は現在の羅盤の基礎となる二十四座山を発明し、当時(唐の玄宗皇帝も認めた人物)は相当な風水の実践家でした。噂では「海角経」と呼ばれる幻の秘伝書を持っていた事でも知られます。ですが、この事が悲劇を生む事になるのです。その力を恐れた玄宗皇帝が、殺したとされているのです。そしてもう一つの悲劇。それがこれです。

事件発生

偽物風水「滅蠻経」の登場!!

約700年前後。遣唐使で有名な、唐の玄宗皇帝が風水学の流通を恐れ、自国で独り占めする為に、当時の偉大な「一行禅行」(僧であり、易学の先生)に、偽物の風水学を渡来人(日本人や朝鮮、モンゴル)に教え始めたのです。有名な、偽風水学の誕生です。ですがこれ、残念な事に、中国にも広がってしまったのです。そして、この教えが、現在の何流派なのかが未だに解明されていません。

紀元800年頃

風水の普及・進化

楊筠松、彼は風水史において最も有名な実践家であり、形勢派・巒体派・江西派等々、多くの流派を生み出した人物です。ちなみに、別名「楊救貧」とも呼ばれ、風水の智識によって、数多くの人々を救済した事で知られた人物でもあります。

  • ミニ知識として「楊救貧」「寥禹」「頼布衣」「曾文辿」は、総称して「江西南の四大堪輿の祖師」と呼ばれています。風水が繁栄した時期でもあります。羅盤の発達もこのころだと思われます。

紀元1300年から1600年頃

風水の2大流派

この頃になると、2大流派であり三合派と三元派に分かれるようになります。他のページでも掲載しておりますが、大きな違いは、「時間」と「固定」の違いです。ちなみに、羅盤も違います。

紀元1600年頃

玄空飛星派の発端

現在の玄空飛星派で有名な「蔣大鴻」が誕生し、玄空派の礎を築いたとされます。彼は「地理辮正」を発表しております。その中で、三合派を非難し、三元派を支持した事でも有名な風水師でもあります。
そして1800年頃に、章仲山が誕生します。彼は蔣大鴻の弟子としても有名で、「陰陽二宅録験」「二宅玄機」等の書物を著した事でも有名です。斉号「千墨庵」とも呼ばれています。もちろん、玄空飛星派風水の実践家でもあります。

~紀元1900年頃

玄空飛星派の広まり

現在の玄空飛星流派の実践と理論を明確にした「沈竹礽」が現れます。彼は玄空飛星風水の研究に費やし、作用を調査し、説明した人物です。彼もまた、三合派を非難した人物でもあります。彼は元三合派の風水師でした。ですが、理論と実践が合わない場合がある事に気付いた人物でもあり、その為「玄空飛星派」の研究に没頭した事が「沈氏玄空学」の書物の発表に繋がります。

有名歴史人物と風水

歴史と風水師

中国史の中で、有名なその他の風水師をご紹介します。
1、張良:前漢の初代皇帝「劉邦」に仕えた軍師で、地理学に精通した人物でした。
2、諸葛孔明:三国時代の蜀の丞相で、「奇問遁甲」の実践家でも有名です。
3、劉伯温:明国の創造の立役者と言ってもいい軍師・宰相であり、風水として有名な人物です。
この様に、歴史の興国の側に風水の存在があるのです。風水は時と行動を見極める力を持っていたと考えられるのです。それ故、その事に気付いた唐の玄宗皇帝は、権力の維持と保護の為、優秀な風水師が出てこないように偽物風水を創造し、広めたのです。ちなみに、上記に挙げた風水師の共通点は皆、農民同然であった人物を皇帝まで押し上げた軍師である事です。風水がなぜ、ここまでの長い間無くならず、権力とともに成長したのかがご理解頂けますでしょうか。